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Tomoko IMASHIRO-クールビューティな写真家が描くParis

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今城 知子(Tomoko Imashiro)-Paris

今城 知子(Tomoko Imashiro)-Paris


「KYOTOGRAPHIE 京都国際写真祭」が、4/13から1ヶ月にわたり開催されました。
アルバート・ワトソンなど国内外のさまざまな写真コレクションが、京都市内の寺院や歴史的建造物など特別な空間に展示され、京都の建物と美しく融合した写真祭が実施されました。

外国からの観光客も多く来られ、写真芸術と京都を知ってもらう上で良いイベントであったと思います。

さて、一つの写真を見て素晴らしいという人もいれば、何が良いかわからないという人もいます。「良い写真」とは何か?それは人それぞれ違うものであり、良い写真かどうかは主観の部分がほとんどなので定義することはなかなか難しいことのように思います。

ここに紹介したのは、アーティスト「今城知子」先生によるParisでの作品です。

実物は画像を遥かに超えて素晴らしく、その場の空気感、世界感がひしひしと伝わってきます。まるで、その場にいるような不思議な錯覚を覚えました。

私にとって良い写真とは、「伝わる写真」であるように思います。
今城先生の作品は、その場の雰囲気が伝わる良い写真であると感じます。益々のご活躍に期待いたします。

 

今城 知子(Tomoko Imashiro)

【Profile】
80'尾道出身( 尾道親善観光大使)4歳から英会話教育と平松祐子画伯の元で絵画を始める。油絵、水彩画、版画、焼き物、生け花。油絵などを中心に絵画歴30年。
現在は、写真家として東京,NYC,Franceを拠点に活躍している。

ー Work
・Proffessional Photographer(Main)
・Art Photographer(Main)
・Art director
・hair make
・make up
・total coordinate / fashion and more
・視覚芸術 (Visual Arts)
・writer (元TRINITY magazine 編集部)
・Spiritual psychology counselor
・Psychic (心理学・唯心論)
・https://tomoko-imashiro.net/

●debut from 株式会社 写真弘社
ART GRAPH gallery at Ginza, JAP.
-for Engrish website
http://www.shashinkosha.co.jp/gallery.php
http://www.shashinkosha.co.jp/english/

 

今城 知子写真集「ENCLOSED」2017
ed.300 B5版サイズの写真集です

写真集、作品については ここから お問合わせください

2019年06月13日

美の伝道師「中上誠章」の新たな挑戦!

中上誠章「ガーネット」油彩・P6号

先日、京都美術倶楽部で開催された第7回「京宵展」にも出品されていた中上誠章画伯ですが、清楚な女性像で人気のアーティストであり寡作な画家としても知られています。同じ京都に住んでおられることもあり、前々から興味を持っていた作家の1人です。

上の作品はヌードは中上誠章が描いた裸婦画です。色黒な肌がエキゾチシズムを感じさせる中上画伯の新しい一面がうかがえる作品と思います。とても丁寧に描かれており表面は艶々でとても美しい作品に仕上がっています。

当ギャラリーで推奨している山田画伯は「裸婦の画家」と言われていますが、今の時代に於いて「裸婦」は、熱狂的に支持されているモチーフの一つであると思っています。

「ガーネット」は、中上画伯にとって新たな挑戦への布石となる記念碑的な作品であります。
写実画を、絵の姿をした「生の証」と捉え、モデルの息遣い、作品への加筆をかけがえのない一瞬として描く中上画伯の今後の活躍に期待し応援していきたく思います。

今後、裸婦作品を中心に、ご紹介していきたいと考えていますのでご興味ございましたらこちらからお問合わせください。

 

中上誠章 Seisyo Nakagami

1961年 京都市に生まれる
1985年 京都市立芸術大学 油画科卒業
1998~2001年 グループ展多数
2001年 個展(梅田阪急)以降2003年 2005年
2002年 個展(ギャラリー大井)
2008年 個展(瀧川画廊) 以降2010年
2011年 神戸アートマルシェ出品
2012年 ART KYOTO出品、個展(東武池袋)
2016年 個展(東武池袋)
2017年 京都大丸 G展


2019年05月31日

山田惣右衛門 もう一つの「美」

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山田惣右衛門「浮遊Ⅱ」ビニールシート・顔料着色 2019年作

 

この絵を見ておどかれた方も多いかと思います。山田画伯といえば人物画家として名を馳せ、特に現代を映した美麗な裸婦像で人気の画家です。

しかし聞けば30年くらいこのような作品を創っていたといいます。私も本当に驚いています。支持体は透明ビニールシートで、裏から顔料系塗料などで彩色されていますが詳細な技法は不明です。

見るほどに大変奥深く宇宙観ある背景から、湧き出すような赤や青、黄のドットが美しい。海外画家の真似でない、あくまで日本人の描く抽象画です。山田画伯の持つ芸術感、スケールの大きさには脱帽です。

 

 

 


2019年04月30日

謎のアーティスト!Mr.T

Mr.T「For this world is the peace」ミクストメディア 1996年作

 

日本で生まれたQRコードでメッセージを伝える作品をつくっている作家。このQRコードは携帯電話の実際にQRコードリーダーで読み込むことができる。

20年前からQRコードによる作品構想を持ち制作している。QRコードの絵画への利用については開発者の許可を得て制作をつづけている。世界に誇る日本の技術とアートをコラボさせ新しい美術の表現形態を示している。

 

 

 


2018年11月10日

今なぜ写実なのか?!ダ・ヴィンチに心惹かれた期待のアーティスト「中田朋子」

中田 朋子「ある肖像~想う」油彩 SM(サムホール)2016年制作

 

美術系短大を卒業後、一般企業にてDTPデザイナー、ディレクター、プランナーを経験。約1年に渡るフランス語学留学の後、2008年、伊達噴火湾アートビレッジ「野田・永山塾」に学ぶ。

「人ができうる最大の仕事の可能性を絵画の中に探すこと」を信条に、写実技法による表現で人物や静物を一筆ごと丹念に描く。

今なぜ写実なのか?!この答えのすべては絵の中にあると思う。

「ある肖像~想う」と題された作品は、ダ・ヴィンチ作品に触発され描いた。肌の白さや輝きを出すことに苦しみながらも、内側から形を呼び起こすことで完成させた。

静けさの中に存在感を感じさせる秀作と思う。単なる写実ではない心の表現を感じてもらいたい。写実の新たな可能性を追及する中田画伯の活動に大いに期待している。

 

■中田 朋子 Nakata Tomoko
1975 北海道札幌市生まれ
1997 札幌大谷短期大学美術科油彩コース卒業
1999 印刷・出版会社においてDTPデザイナー・ディレクター
2004 ヒューマンアカデミーグラフィックデザイン非常勤講師
2008 伊達噴火湾アートビレッジ野田・永山塾受講
2016 グループ展(福屋八丁堀本店)
2017 MVW桃花展(福屋八丁堀本店) 平成動物図鑑(伊勢丹浦和店)
2018 Rouge展~華麗な美の競演~(阪神梅田本店)

 

◆Tomoko NAKATA Painting Works https://tomokonkt.wixsite.com/paintingworks
2018年02月17日

現代日本を代表する日本画家「中路融人」失われ行く湖北の風景を描く

中路融人「朝霧」紙本彩色8号/日本画

中路 融人(なかじ ゆうじん、1933年9月20日 - 2017年7月18日)

滋賀県の琵琶湖周辺を描いた風景画で知られる日本画家 中路融人(なかじ・ゆうじん)京都市に生まれた。

1954年に画塾の晨鳥社に入塾、山口華楊に師事。1956年日展初入選。1962年日展特選受章。1975年特選受賞。1995年日展文部大臣賞受賞。1997年日本芸術院賞受賞。2001年日本芸術院会員となる。日展常務理事、日本藝術院会員、晨鳥社会長を歴任、後進育成にも尽力した。2012年に文化功労者。

1973年雅号を勝博(本名)から融人に改め、母親の故郷であった五個荘に幼少期より度々訪れ創作の原風景として湖国を愛し、湖国を描い湖岸に立ち並ぶ木々など幻想的な自然風景を柔らかな色彩で描き続けた。

多年にわたり失われていく湖北風景を愛し風景画を制作した。自然の美しさを素直に観察したこまやかな美しさがに定評があり、現代日本を代表する日本画家で最も人気が高い人物の一人であったが、2017年7月病気のため京都市内の病院でおしまれつつも83歳で没した。

幻想的な水墨画の雰囲気の中にモダンアートを感じさせる独特の作風で、見る人を不思議な世界に誘い込む中路融人は今後もっと評価されてよい日本画家の1人と思う。

中路融人美術館 https://e-omi-muse.com/nakajiyujin/creator.html

2017年08月01日

没後100年「五姓田義松」特別展

 

|まるで大河ドラマの主人公!? 明治の洋画家・五姓田義松

日本人ではじめてフランスのサロンで入選を果たした画家をご存じでしょうか? 藤田嗣治? いえ、フジタが生まれるよりもさらに前、1855(安政2)年生まれの一人の青年画家がフランスへ渡り、サロンで入選を果たしています。五姓田義松、25歳です。

多くの方が、まず名前の読み方でつまずきそうな五姓田義松(1855〜1915)。「ごせだ・よしまつ」と、読みます。わずか10歳で英国人報道画家チャールズ・ワーグマンに入門。明治10年の第一回内国勧業博覧会に油彩画を出品し、最高賞を受賞。翌年には明治天皇の御巡幸に、画家として同行。さらに2年後、渡仏しサロンで入選。そして、イギリス、アメリカを巡りました。これが、驚くべきことに今から125年前の話です。まるで大河ドラマの主人公のように、劇的な人生。この五姓田の展覧会がこの秋、彼が暮らしていた横浜で開催されます。

|五姓田義松の超ド級展覧会に、専門家&アーティストも期待!

神奈川県立歴史博物館で開催される「五姓田義松 最後の天才」展は、歴史に埋もれた画家・五姓田義松の全貌を紹介する展覧会です。前・後期の展示替えで、出品点数は脅威の800点!建物が国の重要文化財・史跡にも指定されている歴史博物館で、文明開化の横浜から世界に羽ばたいた青年画家の画業をたどります。

|この期待の展覧会に、美術界の大御所も注目! 

この展覧会の会期中に、4回にわたって開かれるレクチャー講師陣の顔ぶれが、とても興味深いのです。第1回目のレクチャーを担当するのは、多くの美術書の著作で知られ、東京大学教授や国立西洋美術館館長の職を歴任し、文化勲章も受章した美術史界の重鎮・高階秀爾氏。

第2回目は、硬派な公務員研究者でありながら、ときには裃(かみしも)のコスプレで来館者をおもてなしする当館の名物学芸員・角田拓朗氏が担当。第3回目のレクチャーは、いまやテレビや新聞、雑誌でもひっぱりだこ、古美術から現代アートまでをユニークな視点と語り口で縦断する「日本美術応援団」の山下裕二氏。 そして最終回は、なんと現代美術家の小沢剛氏が登場します。野菜を組み合わせた機関銃の作品などで知られる。

3回のレクチャーが美術史の研究者であるのに対し、現代を生きるアーティストの視点から五姓田の実像に迫ります。没後100年目の五姓田とバーチャル対談するかも......という噂も!?

特別展 没後100年 五姓田義松 ─最後の天才─
会  期:2015年9月19日~11月8日
会  場:神奈川県立歴史博物館

URL:http://ch.kanagawa-museum.jp

本文は創造力を社会に生かすアートニュースサイトBitechoから引用させていただきました。
http://bitecho.me/2015/06/23_69.html

2016年10月02日

類い稀なる色彩感覚と造形美!「WATAMAKO」

 

あなたは”Watamako”というアーティストをご存じだろうか。若いながらもすごいパワーを秘めた作家です。 類い稀なる色彩感覚と造形美で見るものを圧巻。色の洪水、溢れ出すパワーは、数学教師の経験から相対性理論からインスピレーションを得て物理学と絵画の融合を試みた秀作です。この作品は「愛の調和」と題され人の愛を描いている。これからの活躍が期待される新人画家です。

2016年10月02日

色鉛筆の魔術師「森 千広」

 

鉛筆画家として歩む森 千広。その繊細な筆致で人物を描く。世界が現代の日本文化と位置づける「コスプレ」などをモチーフに、色鉛筆にこだわり細部まで丁寧に描く。また単に表面的な描写にとどまらない内面的な美しさが見る者の心をとらえる。色鉛筆の魔術師!自信を持ってお薦めします。

2016年10月02日

日曜美術館で報道されなかった山への想い「一原有徳 」

 

NHK 日曜美術館で一原有徳という版画家が紹介された。世界的には注目されているというもののその評価はまだまだ低く、一部のマニアを除き日本国内ではほとんど認知されてこなかったといっても過言でない。

一原有徳といえば北海道というイメージがあるが生まれは徳島県である。幼児期に両親に連れられ羊蹄山の麓、真狩村に入植した一原家は、電気もない掘立小屋に住み、蕎麦や馬鈴薯を栽培し細々と生計を立てていた。父、周二は農業の傍ら毛皮の行商をしていたが1923年小樽に移住後は、労務者として働く一方で花火師として副業もしていたというから、決して裕福な家庭環境ではなかったといえる。

そんな中、有徳は小学校卒業後、北海道通信社に就職。働きながら夜学の小樽市高等実修商業高校にも通い、その実直な勤務成績から逓信省小樽郵便局に採用された。1944年6月、35歳の時に招集され札幌月寒や日高沿岸で兵役する。その後、広島の船舶司令部、暗号教育隊に転属したが暗号情報の中に小樽が8月17日に原爆投下されるというのを目にして戦慄したという。

兵役による中断があったものの1970年までの43年間小樽貯金支局で勤務した有徳は、昇進、転勤等の話を固辞し定年まで働きつづけた。卒寿記念として戦前戦後の波乱の人生を描いた自伝「一原有徳物語」が刊行されているので興味のある方は読んでもらいたい。波乱万丈の人生を歩んだ一原有徳の生涯を、NHKで是非ドラマ化してもらいたいものである。 さて日曜美術館では、作画という意図を持たない抽象作品ばかりが紹介されていたが、実はこれと並行して全作品のおおよそ1割以下と思われる「山」をテーマとしたシリーズを制作しており、ここに意図的具象作品が存在しているという事実を伝えたいと思う。

有徳と山のかかわりは、職場の仲間とともに山岳部を作り、近郊の登山やスキーを始めたことがきっかけであり、1931年頃からARCG(赤岩ロッククライミンググループ)を組織すると、それまで北大山岳部がルート開拓していたものの系統的に岩場が紹介されることは無かった赤岩山を紹介した。1960年「北海道の山」を出版。その他「支笏湖の山」、「道外の山」等を刊行した。自分たちが登った山の経験をもとに書いた内容が評価され、これを機に北海道での登山が盛んになったといわれている。

有徳にとって山岳シリーズは趣味的な世界であったかも知れないが、抽象画家といわれる有徳の別の一面を垣間見ることができる貴重な作品群である。版画といっても1点ものでありその制作数は極めて少ない。画面からは山に対する作家の想い、愛情が伸びやかで生き生きと伝わってくる。 しかし、なぜかこれら山岳版画作品は有徳の作品集に掲載されていないのである。有徳の山岳作品は愛好家のなかで定評があり、過去の個展で真っ先に売れるのは、本来の抽象作品ではなくこの山岳シリーズである。

山岳シリーズが公開されてこなかった原因として、作品の絶対数が少ないこと、個展で購入した人が手放さないことによるものではないかと推察され、いわば幻の作品といえると思います。

今回ご紹介する作品はそんなわずかに制作された幻の山岳シリーズ及び、抽象版画作品であり今後手に入れることが難しくなるものと思います。

<引用文献:山書趣味「特集:一原有徳の世界」より>

2016年10月01日